逸見真編著『船長職の諸相』発行

3月30日、当財団評議員 逸見真氏(東京海洋大学学術研究院海事システム工学部門 教授)編著による『船長職の諸相』を発行し、海事関係団体・企業・図書館・研究者などに配本しました。関心をお持ちの方、お読みになりたい方は、下記までe-mail又はお電話にてお問合せ下さい。

一般財団法人 山縣記念財団
TEL: 03-3552-6310
E-mail: zaidan@yamagata.email.ne.jp


本書目次

目 次

発刊に際して

執筆及び編集者紹介

第一章 指揮管理
1.はじめに
2.船長の肩の重荷
3.船長が遵守すべき国際条約・規則
4.船内給食の管理
5.おわりに

第二章 風
1.はじめに
2.帆装型式
3.世界の帆船
4.日本丸・海王丸
5.練習帆船の訓練と効果
6.帆走性能
7.帆船の航海
8.帆船の航海の実際
9.おわりに

第三章 シーマンシップ
1.はじめに
2.シーマンシップの意味するところ
3.規則とシーマンシップ
4.認知行動とシーマンシップ
5.ノンテクニカルスキルとシーマンシップ
6.船長とシーマンシップ
7.おわりに

第四章 歴 史
1.はじめに
2.勝 海舟
3.福沢諭吉
4.中浜万次郎

第五章 法
1.はじめに
2.法的責任
3.国際法(海洋法)
4.沿岸国、寄港国の国内法
5.海洋環境の保護
6.ISM コード(国際安全管理コード)
7.水先人との同乗
8.船員労務管理
9.おわりに


「発刊に際して」より

 本書の起こりは、平成28年7月に東京海洋大学海洋工学部で開催された公開講座、「船長という仕事」にある。船長の名称はちまたに十分に流布してはいるものの、その実際の職務、職責については市井、未だ寡聞にして想像の域に留まるのではないかとの危惧が、本講座企画のきっかけとなった。
 講師は外国航路、練習船の船長経験をお持ちの本学の元、及び現役の教授職にある諸氏四名にお願いした。船舶の運航管理、法規制、船員の資質に関する最新の知見が各人各様に、海のプロとしての鋭い視点から論じられた講座には一定の評価が得られ、好評であった。
 そしてこの度、船長という仕事の実像を広く人口に膾炙(かいしゃ)すべく、(一財)山縣記念財団殿のご厚意を頂き一冊の本にまとめて上梓する運びとなった。
 本書をまとめるに際し、各講師には改めて稿を起こして頂いた。先の講座の開催より少しく時を経ていることより、可能ならば講座における既出の内容に、新たな学問的情報や研究の進展による知見を取り入れて頂くようお願いし、結果として本書の各論考は過日の講演内容と比べ優れて発展的な充実を見ている。所収の各論考には講師それぞれの船長職のご経験をベースに、一船の長としての見識はもとより、船長の職責に係る専門のご研究が披露されている。
 以下、本書の内容について簡潔に俯瞰(ふかん)したい。

 第一章「指揮管理」は井上一規船長の執筆による、船長の職業意識の流れ、船長が熟知して遵守すべき国際条約の概要、そして特に乗組員の船内生活にとり必要不可欠な供食管理に関する論考である。井上船長は戦後の日本人船長の意識変化を、一般人の船長に対する意識調査をも加えて渉猟(しょうりょう)、論じられている。過去、数十年に渡る日本人船長の意識は、世界情勢に左右される国際海運の紆余曲折の中で様々に変化してきた一方、船舶や乗組員の安全の確保及び維持という、責任の自覚と使命感はいささかも変化を見ていないと結論付けられている。また供食管理は具体的な食材の購入、調理法、栄養管理のみならず、乗組員のモチベーションやメンタルにまで影響を与える職責であり、船長の率先垂範が重要と指摘されている。ご自身のご経験を踏まえられた船の上での食へのこだわりは、他に例を見出し難い貴重な論考である。
 第二章「風」は國枝佳明船長により、世界に活躍する現代の帆船の概要と共に、帆船の運航とこれにかかわる船長の職務、及び帆走商船の研究の現状と将来について述べられたものである。現在の汽船はその登場からたかだか200年を数える程にしかないのに比べて、数千年あるいはそれ以上に渡る海上輸送は、偏に気まぐれな風に翻弄されてきた悠遠なる営みであった。帆船運航のノウハウを知ることはかつての帆船時代に想いをはせるのみならず、自然に立ち向かい、またこれに順応して航海の安全を追及してきた船長ら、船乗りの先達らの英知を学ぶことにもつながるのである。國枝船長は国土交通省(独)海技教育機構(旧航海訓練所)にて航海士時代より帆船の運航に通暁され、本論考では帆船海王丸の船長のご経験より風を科学的に、及び経験に根差した感性より捉えて運航に供する醍醐味を披露されている。
 また國枝船長は昨年のNHK大河ドラマ、「おんな城主直虎」に度々登場した帆船に係る操船指導もご担当になられている。
 第三章「シーマンシップ」は、竹本孝弘船長によるシーマンシップに関する論考である。シーマンシップとは古くて新しい船乗りの技術の要諦、スピリットであると表現できようか。竹本船長はご自身のご経験や先達の諸言を引きつつ、海で船を動かした者ならば素直にうなずける旧来のシーマンシップの観念を整理される一方、ご専門のヒューマン・ファクター研究に基づき、人の認知行動、身体的な特性、ノンテクニカルスキルの考え方等、最新の知見の他、広く国際条約の規定をも包括され、船長、船員の陥りやすいエラーについて論じられている。本論考は正に、船舶の運航に重要とされた知識、技術、経験の充実がその教育と訓練の必要性へと軸足を移し、更にはこれらを取り巻くノンテクニカルスキルの習得が唱えられる現代的シーマンシップ考であると称しても、過言ではなかろう。
 第四章「歴史」は橋本進船長による、咸臨丸の渡米にまつわるエピソードである。わが国の商船とその運航に関する制度や慣習は、明治の文明開化を経て導入された欧米のシステムである。鎖国政策の下でのわが国の海運は沿岸航海に徹し、欧米では当たり前となっていた大洋航海とその術を知らなかった。橋本船長はいわば日本人にとりフロンティアとしての大洋航海の世界を江戸末期の幕臣、勝海舟らによる咸臨丸の米国就航に焦点を当て、船長(船将)であった勝を中心に、同乗した福沢諭吉、ジョン万次郎、及び米国海軍軍人ジョン・M・ブルック他の人となりを織り交ぜて論ぜられている。いずれも近代日本の開闢(かいびゃく)にとりなくてはならない偉人達ではあったが、船の上であらわとなる彼らの意外な一面が語られた興味深い論考となっている。
 第五章「法」では、逸見が法と船長とのかかわりについて、具体的な課題や問題と共に論じた。

 船長諸氏の論考を通覧して抱くのは、船舶の運航とは様々な科学的、学問的な探究に支えられた、船長、乗組員による人間行動であるとした心象である。船長職の実際を様々な側面より抽出された諸氏のご指摘は、何れもが本船の安全運航にとり欠くことのできない指針且つ教訓であり、改めて船長を中心とした乗組員による、諸研究の成果に支えられた誠意誠実な実務実践の尊さが偲ばれるのである。

 尚、各章の内容と構成に関してはそれぞれの執筆者の裁量に委ねたこと、執筆者の所属する組織、機関の教育方針や考え方を著したものではないことを、ここに付記させて頂く。

 終わりにこのような出版の機会を頂いた山縣記念財団、前理事長小林一夫殿、現理事長郷古達也殿に、この場をお借りして熱く御礼申し上げ、併せて今後の財団のご発展と関係諸氏のご健勝を祈念し、お礼の言葉に代えさせて頂きたい。

(逸見記)


執筆者の略歴

第一章担当 井上 一規(いのうえ かずき)
1985年3月 東京商船大学(現東京海洋大学、以下同じ)商船学部航海学科卒業
日本郵船(株) 船長を経て、
2010年4月 東京海洋大学先端科学技術研究センター 教授
2015年4月 同大学学術研究院海事システム工学部門 教授
一級海技士(航海)
博士(海事科学)

第二章担当 國枝 佳明(くにえだ よしあき)
1982年 3月 神戸商船大学商船学部航海学科卒業
1982年 9月 神戸商船大学乗船実習科修了
1982年10月以降 運輸省航海訓練所(現(独)海技教育機構、以下同じ) 助手・講師・助教授・教授
2005年 7月~07年7月 国際協力機構(JICA)専門家としてフィリピン(マニラ)に派遣
2007年10月以降 同所練習船銀河丸、練習帆船海王丸、各船長を歴任
2014年10月 東京海洋大学先端科学技術研究センター 教授
2017年 4月 同大学学術研究院海事システム工学部門 教授
一級海技士(航海)
博士(海事科学)

第三章担当 竹本 孝弘(たけもと たかひろ)
1984年3月 東京商船大学商船学部航海学科卒業
1984年9月 東京商船大学乗船実習科修了
1984年10月 運輸省航海訓練所 助手
1989年1月 東京商船大学商船学部 助手として出向(1990年12月まで)
1991年1月以降 運輸省航海訓練所 講師・助教授
2001年10月 (独)航海訓練所 教授
2007年7月 同所練習船大成丸 船長
2009年4月 東京海洋大学海洋工学部海事システム工学科 教授
2014年4月 同大学大学院海洋科学技術研究科海洋工学系 教授
2017年4月 同大学学術研究院海事システム工学部門 教授
一級海技士(航海)
博士(海事科学)

第四章担当 橋本 進(はしもと すすむ)
1949年 高等商船学校航海科卒業 運輸省航海訓練所入所
1968年 同所 教授
1972年以降 同所船長 練習汽船大成丸、練習帆船日本丸、練習汽船北斗丸 各船長歴任
1976年 練習帆船日本丸 船長として、米国独立200年祭記念帆船パレードに参加
1987年 東京商船大学 教授
1992年 定年退官
一級海技士(航海)
医学博士

編集及び第五章担当 逸見 真(へんみ しん)
1985年3月 東京商船大学商船学部航海学科卒業
1985年9月 東京商船大学乗船実習科修了
新和海運(株) 船長を経て、
2009年4月~13年3月 (独)海技大学校(現(独)海技教育機構) 講師・助教授・准教授
2012年4月~14年3月 同校付属練習船 船長併任
2014年4月 東京海洋大学大学院海洋科学技術研究科海洋工学系 教授
2017年4月 同大学学術研究院海事システム工学部門 教授
一級海技士(航海)
博士(法学)

以上