『海事交通研究』(年報)第61集を発行しました。
≪序文から≫
わたしども財団も、 「新公益法人制度」の実施により新制度への移行が求められた中で「公益法人」か「一般法人」かの選択を迫られ、種々検討の結果「一般財団法人」としての財団運営を選択、内閣府よりその認可を受け、2012年4月1日から「一般財団法人 山縣記念財団」として、新たに作成した「定款」に従って再スタートしております。
70有余年に亘る財団の歴史の中でも大きな状況変化であり、まさに一つのターニング・ポイントです。新しい「定款」の目的は、いままで同様「わが国海事交通文化の発展に関する事業を行い、その振興に寄与する事を目的とする」としております。
そして、その目的達成のための事業の一つとして本年も年報「海事交通研究」第61集を皆様にお届け出来ることを嬉しく思います。まず、昨年より取上げている「海上保険」分野で中出先生にわが国の海上保険の現状を纏めて頂きました。また、昨年掲載のCharter Base説明に続いて、今年は荒井氏によるHire Base説明を掲載しております。昨年同様海運実務担当者を中心に大いに参考にして頂きたいと考えております。
さらに、甲斐先生および瀬田先生による海賊問題での2件の論文は、特に日本籍船への民間武装ガードの乗船の実現のため来年の通常国会での立法に向けての法案作りが国土交通省においてスタートしておりタイムリーな論文です。新井氏の論文は昨年の掲載論文の続編とも言えるものであり、長谷先生の論文、南先生の論文ともなかなか興味のあるテーマに取り組んで頂いたと感じております。このように本年も数多くの応募論文を頂いた中から本書掲載の7件を選抜掲載させて頂きました。諸先生のご協力に厚く御礼申し上げる次第であります。
ところで、当財団では昭和15年(1940年)の財団設立から70有余年が過ぎましたが、そのルーツは遡ること350年昔の寛文2年(1662年)西宮の辰馬本家酒造による清酒「白鹿」の醸造に始まり、そこから海運業、海上保険業にも進出していったものです。この長い歴史の中で辰馬汽船、新日本汽船、山下新日本汽船(YS LINE)のことなど徐々に人々の記憶から薄れて行きつつあるなかで、当財団として何か残せないかと考え、この度2012年9月末に冊子「海、船、そして海運―わが国の海運とともに歩んだ山縣記念財団の70年―」を発刊致しました。「年報」をお届けしている皆様には既に配布させて頂いていると承知いたしておりますが、「年報」同様ご一読頂ければ幸甚です。
さて、中出先生がここでの論文の最後のところで述べられているようにわが国経済にとって極めて重要な貿易取引、海運、海上保険等の分野での研究教育の弱体化を心配され、加えて海上保険市場でのJapan Passingを危惧されておられます。一方、海運経済研究部門でも、この点は惨憺たる状況のようで、最近、東海大学海洋学部の篠原正人教授が雑誌「KAIUN」10月号に、今年9月に台北で開催された国際海運経済学会世界大会には世界中から310名の参加と150本の研究発表があり、その内アジア人の参加は200名、研究発表は110本を超えたと紹介あり、この世界大会はアジア大洋州、米国大陸、欧州大陸の持ち回り開催であるが、今回は誠に多くのアジア人の参加があったと。ただ残念なことに、日本人は篠原教授を含めて7名、研究発表は4本のみであった由。このように世界の海運・港湾研究は韓国人と中国人によって牛耳られつつあり、ここでもJapan Passingの様相になっていることを嘆いておられる。
この辺りの現状は、いま一度真摯に受け止め企業と大学との連繋を立て直すことなどが喫緊の課題と考えるものです。わが財団も「海事大国Nippon」の再構築のため微力ながら努力する所存であります。関係各位の更なるご協力ご支援をお願いするものです。
2012年11月
一般財団法人 山縣記念財団
理事長 田村 茂
11月28日発行後、海運関係の学者・研究者の皆様や国立大学法人、公立および私立の大学図書館・研究所・資料館・一部の企業に配本しました。関心をお持ちの方、購読をご希望の方は、下記の「お問い合わせフォーム」から、又はお電話にてお問合せ下さい。
又、本誌をお読みになってのご感想・ご意見なども是非お寄せ下さい。
一般財団法人 山縣記念財団
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TEL(03)3552-6310
≪目次≫ | |
序文 | 田村 茂 |
(山縣記念財団理事長) | |
わが国の海上保険の現状の課題と進むべき方向性 | 中出 哲 |
(早稲田大学商学学術院准教授) | |
海賊対処法の意義と課題 | 甲斐克則 |
(早稲田大学法科大学院教授) | |
民間海上警備会社(PMSC)に対する規制とその課題 -海賊対策における銃器使用の検討を中心に- |
瀬田 真 |
(早稲田大学法学研究科博士後期課程) | |
Hire Baseの構成要素とそのリスクについて | 荒井 徹 |
(株式会社エクセノヤマミズ 代表取締役専務) | |
離島航路を巡る環境変化と政策 | 長谷 知治 |
(東京大学公共政策大学院客員研究員) | |
違法停泊船と航走船との衝突に関する一考察 | 南 健悟 |
(小樽商科大学商学部准教授) | |
油濁による環境損害を通した経済的損失の考察 | 新 井 真 |
(川崎汽船株式会社 IR・広報グループ長) |
執筆者紹介
山縣記念財団よりのお知らせ
中出 哲(なかいで さとし)
1981年一橋大学商学部商学科卒業後、東京海上火災保険(株)入社。マリンクレーム、法務、コンプライアンス、経営企画各部門にて、損害保険の実務と研究に従事。その間、ロンドン大学L.S.E.法学部大学院にてLL.M.、ケンブリッジ大学大学院法学研究科にてDiploma in Legal Studiesを各々取得し、九州大学経済学部客員准教授を歴任。2009年早稲田大学商学学術院に転出し准教授に就任。専攻は海上保険、保険法。共著書として、『海上保険の理論と実務』(2012年度山縣勝見賞著作賞受賞)、『船舶衝突法』、『はじめて学ぶ損害保険』、『保険論』、『損害保険市場論』、『保険学』、『保険関係訴訟法』、『保険法』等、主要論文として「損害防止費用とは何か」、「損害保険における付帯サービスの位置づけ」、「請求権代位により保険者が取得する権利」等がある。日本保険学会、日本私法学会、国際保険学会(AIDA)に所属。
甲斐 克則(かい かつのり)
1982年九州大学大学院法学研究科博士課程単位取得後、同大学法学部助手として勤務、その後、海上保安大学校専任講師、助教授、広島大学法学部助教授、教授を歴任し、広島大学で博士号(法学)を取得。2004年早稲田大学大学院法務研究科教授に就任し、現在に至る。専攻は、刑法・医事法。主著に『海上交通犯罪の研究』、『安楽死と刑法』、『尊厳死と刑法』、『責任原理と過失犯論』、『被験者保護と刑法』、『医事刑法への旅 Ⅰ〔新版〕』、『生殖医療と刑法』、『医療事故と刑法』、『企業活動と刑事規制』(編著)、『現代社会と刑法を考える』(編著)、『ポストゲノム社会と医事法』(編著)、『インフォームド・コンセントと医事法』(編著)、『医療事故と医事法』(編著)、『企業活動と刑事規制の国際動向』(共編著)、『生命倫理第5巻 安楽死・尊厳死』(共編著)等。現在、日本刑法学会常務理事、日本医事法学会代表理事、日本生命倫理学会理事。
瀬田 真(せた まこと)
2007年早稲田大学法学部卒業後、同大学大学院法学研究科修士課程を経て、博士後期課程に在学中。修士課程在学中にLondon School of Economics and Political Science の法学修士課程を修了し、国際刑事裁判所裁判部インターンを経験。専攻は国際法。国際法学会及び世界法学会に所属。
荒井 徹(あらい とおる)
(株)エクセノヤマミズ代表取締役専務。1974年山下新日本汽船(株)入社、経理部、遠洋部、ニューヨーク駐在、1989年合併によりナビックスライン(株)、鉄鋼原料グループリーダー、不定期船企画グループリーダー、1999年合併により大阪商船三井船舶(株)、不定期船統括室長を経て2003年退職、(株)エクセノヤマミズ勤務。通算で約38年間不定期船業務に従事。
長谷 知治(はせ ともはる)
1994年東京大学法学部卒業後、運輸省(現国土交通省)入省。運輸省運輸政策局貨物流通企画課、大蔵省国際金融局(現財務省国際局)、近畿運輸局運航部輸送課長、国土交通省海事局総務課専門官、同油濁保障対策官(外航課課長補佐併任)、人事院在外派遣研究員(英国運輸省海事局)、東京大学公共政策大学院特任准教授等を経て、2011年より同大学院客員研究員。また2012年より国土交通省国土交通政策研究所総括主任研究官、早稲田大学大学院法学研究科非常勤講師。船舶職員法、油濁損害賠償保障法の改正や、油濁損害に係る追加基金議定書の策定等に従事。本誌第59集(2010年)掲載論文「環境に優しい交通の担い手としての内航海運・フェリーに係る規制の在り方について~カボタージュ規制と環境対策を中心に~」は、2011年山縣勝見賞論文賞を受賞。所属学会は日本公共政策学会、日本海洋政策研究会。
南 健悟(みなみ けんご)
静岡大学人文学部法学科卒業後、北海道大学大学院法学研究科法学政治学専攻博士前期課程及び後期課程を修了し、2010年小樽商科大学商学部企業法学科准教授に就任、現在に至る。博士(法学)。又、2012年10月より、北海道地方交通審議会船員部会委員。専門は、商法及び会社法。主論文に、「企業不祥事と取締役の民事責任(一~五・完)―法令遵守体制構築義務を中心に」、「リスク管理と取締役の責任―アメリカにおけるAIG事件とCitigroup事件の比較」、「取締役の労働者に対する損害賠償責任―取締役の対第三者責任規定の適用範囲」、「商事判例研究:運送人でもある船主の共同海損分担請求と同人に対する堪航能力担保義務違反に基づく損害賠償請求」がある。日本海法学会、日本私法学会に所属。
新井 真(あらい まこと)
1983年上智大学法学部卒業後、川崎汽船(株)入社。人事課長、不定期船グループ、経営企画グループ等を経て、現在、IR・広報グループ長。その間日本船主協会会長秘書、政策幹事長、解撤幹事長、環境幹事長も歴任し、2009年早稲田大学にて博士号(法学)取得。博士論文「自然資源損害賠償と懲罰的損害賠償の接点-エクソン・ヴァルディーズ号事件を契機とした米国の動向とわが国における射程-」は2010年山縣勝見賞(論文賞)を受賞。2011年、続編「米国における油濁による損害賠償・損害評価の動向-エクソン・ヴァルディーズ号事件連邦最高裁判所判決の射程-」を本誌第60集に発表、今回掲載の論文は関連3作目。研究分野は民法、環境法、法社会学等。他に主要論文として、「自然資源損害評価の諸相-環境に値段をつけることの是非-」、「自然資源損害賠償と人身損害賠償の接点」、「シップリサイクルにおける『ゆりかごから墓場まで』」がある。日本私法学会、日米法学会所属。
(敬称略)