更新のお知らせ
「財団案内」-「事業報告」を18年度事業報告書及び計算書類、19年度事業計画書及び収支予算書に更新しました。
又、寄附行為改訂、理事改選に伴い、「財団案内」-「寄附行為」及び「役員・評議員」を 更新しました。
更に、「リンク集」を更新し、 (財)日本海事センター (「 海事図書館」を運営)と船の科学館((財)日本海事科学振興財団)を追加しました。
「財団案内」-「事業報告」を18年度事業報告書及び計算書類、19年度事業計画書及び収支予算書に更新しました。
又、寄附行為改訂、理事改選に伴い、「財団案内」-「寄附行為」及び「役員・評議員」を 更新しました。
更に、「リンク集」を更新し、 (財)日本海事センター (「 海事図書館」を運営)と船の科学館((財)日本海事科学振興財団)を追加しました。
当財団創設者 山縣勝見没後30年
山縣勝見は、明治35年(1902) 2月18日、兵庫県灘西宮の酒造家、辰馬家の一門に生まれ、海運・保険業界の経営者を皮切りに、昭和51年 (1976)10月29日、74歳で亡くなるまで、わが国の政界、財界のみならず国際社会において幅広く活躍しました。
本年は没後30年に当たります。
この度「創設者 山縣勝見」のページを増設し、新コンテンツ 「山縣勝見の生涯」もアップしましたので是非アクセス下さい。
昭和26年4月サンフランシスコ講和条約折衝時 目黒公邸にて、左からマグナソン米国上院議員、山縣参議院運輸委員会常任委員長、吉田首相、シーボルト駐日米国大使
「海事交通研究」(年報)第55集 発行しました。
当財団創設者 山縣勝見没後30年を記念し、「特集記事」として心の師(炉辺夜話 第一話)を復刻掲載しました。
山縣勝見は、明治35年(1902) 2月18日、兵庫県灘西宮の酒造家、辰馬家の一門に生まれ、海運・保険業界の経営者を皮切りに、昭和51年 (1976)10月29日、74歳で亡くなるまで、わが国の政界、財界のみならず国際社会において幅広く活躍しました。本年は没後30年に当たります。
この度「創設者 山縣勝見」のページを増設し、新コンテンツ 「山縣勝見の生涯」もアップしましたので是非アクセス下さい。
昭和26年4月サンフランシスコ講和条約折衝時 目黒公邸にて、左からマグナソン米国上院議員、山縣参議院運輸委員会常任委員長、吉田首相、シーボルト駐日米国大使
ドイツ俘虜帰国船’「ハドソン丸」
映画「バルトの楽園」に描かれた徳島の「板東俘虜収容所」のドイツ人を乗せた帰国船「ハドソン丸」が神戸港から出港する時の写真です。
「海の日」 特集
7月17日(月)は「海の日」、7月は「海の月間」です。
一緒に「海の日」について考えてみませんか?
「海の日」ってなあに?「海の日」や「海」・「船」 についてのQ&Aのページを作りました。
終戦後60年記念特集:太平洋戦争で失われた「商船」とその乗組員
太平洋戦争において、わが国はその商船隊の大半を喪失する壊滅的打撃を受け、同時に数多くの優秀な船員を失いました。
太平洋戦争で失われた船(除・軍用船):7,240隻
内官・民一般汽船:3,575隻
機帆船:2,070隻
漁船 :1,595隻
死亡した 「乗組員」(船員):60,601名
(「戦没した船と海員の資料館」 http://www.jsu.or.jp/siryo/index.html より引用)
これらを通して、大戦中 わが国の商船とその乗組員の払った多大な犠牲を憶い、亡くなられた人々を偲びたいと思います。
海の日(7月18日)特集と題し、表紙写真を入れ換え、文部省唱歌「われは海の子」が聞けるようにしました。
7月18日(月)は「海の日」、 7月は「海の月間」です。
地球表面積の約7割をおおっている海は、多くの生物を育み、人類にも多大な恩恵を与えてきました。
美しい海は人類の財産です。
「海の日」及び「海の月間」について詳しくは、 以下のホームページをご覧下さい。
・国土交通省海事局(「海の日・海の月間」のページ)
http://www.mlit.go.jp/event/marine/marine_.html
戦前から戦後にかけて、日本の「海運」研究分野において多大な学問的成果を挙げ、「海運」の学界及び業界に大きな影響を与えた京都大学の故佐波宣平教授の生誕100周年を迎えました (1月16日)。
当財団とも密接なつながりのあった佐波教授の人となり、業績を偲び、特集記事を組みましたので、どうぞここをクリックしてご覧ください。