- 25/12/24
12月12日発行後、海事関連の研究者の皆様や企業、団体並びに公立や大学の図書館に配本しました。配本先図書館等はこちらからご覧下さい。
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≪序文≫
本年も『海事交通研究』第74集をここにお届けします。
執筆ならびに査読いただいた先生方には心より御礼申し上げます。
本年も多岐にわたるテーマを取り扱った論文を収録しています。時代や分野も違いますが、海事文化の奥深さを物語っているということなのでしょう。船員関係は二つの論文があり、一方は労働時間という現代的課題を取り扱い、他方は戦前の船員養成を取り上げており、同じ船員問題で100年近い時間差があります。退役船に文化的価値があることにも気づかされました。帆船のように海洋国家の象徴であった構造物は、今後も生かされていけば海事文化の振興に役立つことでしょう。海事クラスターもリーマンショック前までは随分もてはやされましたが、クラスターの構成員であった造船や日本のオペが退潮気味なのが気になります。さらに船荷証券の電子化も非常に興味深いテーマです。世の中に紙の証券や小切手を使う人は少なくなったと思いますが、海運界は未だにこの紙の書類が幅を利かしています。
さて、国際海運を取り巻く環境は、かつてないほどの不確実性に直面しています。自由貿易の原則に基づいて発展してきたグローバルサプライチェーンは、今や大国の政治的思惑に翻弄される時代を迎えました。トランプ関税に象徴される保護主義的措置は、経済合理性よりも政治的駆け引きを優先し、海運会社に予測困難な混乱をもたらしています。
EUは独自の排出権取引制度を導入し、炭素税の賦課を通じて海運会社にも欧州基準への適合を求めています。気候変動への対応は喫緊の課題ではありますが、新ルールはグローバルな海運実務に新たな分断をもたらしかねません。本来ならばこうした問題こそ国際海事機構(IMO)のような多国間枠組みで調整されるべきでしょう。しかし大国間の対立が深まる中、国際機関の調整機能は著しく弱まっているようです。
また、地政学的な緊張の高まりは、海上輸送ルートそのものを脅かす事態を招いています。紅海やホルムズ海峡といった戦略的要衝における航行リスクの増大は、船舶の迂回を余儀なくし、輸送コストと所要日数の増加という形で世界経済に重くのしかかっています。制裁措置とその報復の応酬は、かつて機能していた国際ルールに基づく秩序を揺るがし、海運会社に複雑な法的・実務的判断を迫っています。
世界貿易の9割以上を海運が支えている今日、海事への理解を深めることは、グローバル経済を支え、発展させることに直結すると思います。海で働く人々への敬意、海洋環境への配慮、効率的な物流システムの構築、これらは海事文化への理解なくして実現できません。
本論文集が、海事に携わる実務家の皆様、研究者の皆様、そして海に関心のある読者の皆様にとって新しい視点を提供し、より豊かな海事文化の発展に寄与できれば幸いです。
2025年12月
一般財団法人 山縣記念財団
理事長 中島 正歳
≪目次≫
| 序文 |
中島 正歳 |
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| ≪研究論文(査読付き)≫ |
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| 船員法上の労働時間概念
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南 健悟 |
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| 自動運航船における遠隔操船所(Remote Operation Center)の法的性質とその課題
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下 山 憲 二 |
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昭和戦前期における普通船員の養成と需給調節
― 養成機関と職業紹介機関の関連に注目して ―
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古谷 悠真 |
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≪研究ノート≫ |
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海事クラスターの発展が地域経済に与える影響
― 造船・舶用工業を中心とした持続的成長のための条件分析 ―
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倉元 貴子・徳岡 晃一郎 |
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≪海事関連レポート≫ |
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| 退役した南極観測船を活用した海事文化振興について
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原田 峻平 |
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| ≪特別寄稿≫
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| モーダルシフトの目標設定とその実現に関する考察
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味水 佑毅 |
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| 明治前期における渋沢栄一と海運業
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桑原 功一 |
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執筆者紹介
山縣記念財団からのお知らせ
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≪執筆者紹介≫
(掲載順)
南 健悟(みなみ けんご)
静岡大学人文学部法学科卒業後、北海道大学大学院法学研究科博士前期課程及び後期課程を修了し、小樽商科大学准教授、日本大学法学部准教授及び同教授を経て、慶應義塾大学法学部教授。博士(法学)。国土交通省交通政策審議会委員、早稲田大学海法研究所招聘研究員。研究テーマは、会社法における労働者の地位の研究や海商法の研究。主要論文に「自動運航船と衝突責任」、「船舶衝突事件における裁判所と専門家と協働」(当誌第68集)、「The Legal Systems for the Prevention of Seafarer Accidents in Japan」等がある。所属学会は、日本海法学会、日本私法学会、日本航海学会、日本海運経済学会等。
古谷 悠真(ふるや ゆうま)
東京海洋大学大学院海洋科学技術研究科博士後期課程在学中。修士(海洋科学)。専攻分野は水産経済史、海事経済史。主な論文に、「遠洋漁業勃興期における水産企業の経営と製品輸出 日本漁業株式会社の事業とタラ製品の輸出を中心に」(『経営史学』第60巻第2号、2025年)、「1920-1940年代における漁船船型標準化事業と第二次世界大戦後の漁船建造許可方針」(『地域漁業研究』第65巻第2号、2025年)など。所属学会は、社会経済史学会、経営史学会、地域漁業学会、漁業経済学会、国際漁業学会。
倉元 貴子(くらもと たかこ)
多摩大学大学院経営情報学研究科博士後期課程在籍中。修士(経営情報学)。海運・造船・グローバルロジスティクス業界で、海外勤務11年を含む実務経歴を有する。現職は西本Wismettacホールディングス株式会社、海運統括マネージャー。論文「成熟産業における持続的競争優位性の構築メカニズム」、多摩大学研究紀要No.30(2026)掲載予定(in-press)。研究テーマは、海事産業の構造的条件、地域経済への波及、産学官連携によるイノベーション促進を分析し、政策的示唆を提供することを通じて、海事産業の持続可能な発展に貢献することを目指す。所属学会は、経営史学会、企業家研究フォーラム。
徳岡 晃一郎(とくおか こういちろう)
東京大学教養学部卒業。オックスフォード大学大学院修了。修士(経営学)。日産自動車にて本社、横浜工場、テクニカルセンター、欧州日産(アムステルダム)、総合研究所などの各人事部門を経て、1999年よりフライシュマン・ヒラード・ジャパン株式会社にてシニアバイスプレジデント/パートナーとしてコミュニケーションコンサルティングに従事。2006年より多摩大学大学院教授を兼務し、研究科長を経て現在は名誉教授。専門は人事マネジメント、企業文化、コミュニケーション、リーダーシップ、イノベーターシップ。2017年に株式会社ライフシフトを創業し現在会長・CEO。2019年にはライフシフト大学を開校し、現在理事長。近著に『イノベーターシップ 自分の限界を突破し未来を拓く5つの力』(東洋経済新報社、2024年)、『リスキリング超入門』(房広治との共著、KADOKAWA、2024年)、『40代からのライフシフト実践ハンドブック』(東洋経済新報社、2019年)など。
原田 峻平(はらだ しゅんぺい)
一橋大学大学院商学研究科博士後期課程修了。博士(商学)。九州産業大学商学部講師、岐阜大学教育学部助教、同准教授を経て、現在は名古屋市立大学大学院データサイエンス研究科准教授。専門は交通経済学、公益事業論、公共経済学。主な著書に『競争促進のためのインセンティブ設計 ヤードスティック規制と入札制度の理論と実証』(勁草書房、2016年)。主な論文に「A theoretical study on yardstick competition and franchise bidding based on a dynamic model」(Hirotaka Yamauchiとの共著、Transport Policy、2018年)、「カーボンニュートラルに向けたエネルギー商品・サービスへの事業者の支払い意思額の推定―コンジョイント分析を用いた測定―」(単著、『公益事業研究』、2025年)等。主な受賞歴は日本交通学会賞(論文の部)等。所属学会は、日本交通学会、公益事業学会等。
味水 佑毅(みすい ゆうき)
一橋大学商学部卒業。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。博士(商学)。一橋大学大学院商学研究科講師(ジュニアフェロー)、高崎経済大学地域政策学部専任講師、同准教授、流通経済大学流通情報学部准教授などを経て、現在、流通経済大学流通情報学部教授。専門はロジスティクス、交通経済学。主要著書に『トラック輸送イノベーションが解決する物流危機』(成山堂書店、2024年)、『ロジスティクス概論(増補改訂版)』(白桃書房、2021年)、『サプライチェーン・マネジメント概論』(白桃書房、2017年)、『対距離課金による道路整備』(勁草書房、2008年)等。所属学会は、日本物流学会、日本交通学会、日本海運経済学会、日本計画行政学会、日本管理会計学会等。
桑原 功一(くわばら こういち)
立命館大学文学部卒業。明治大学大学院文学研究科(史学専攻)博士前期課程修了。修士(史学)。足立区立郷土博物館専門員、呉市海事博物館推進室学芸員、呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)学芸員を経て、2008年より財団法人渋沢栄一記念財団(※2010年より公益財団法人渋沢栄一記念財団)渋沢史料館学芸員。同館副館長を経て、現在、同館館長。専門は日本史学。主な論文に「享保改革期における幕府大筒役の創設」、「就役からミッドウェー作戦出撃までの戦艦『大和』の艦内整備・訓練の展開過程」、「抄紙会社『頭取代』―『株主惣代』経営体制の成立と渋沢栄一」、「米国元大統領グラント来京時における東京接待委員の企図再考」等。主な著作に「第一部 詳伝 私ヲ去リ 公ニ就ク」宮本又郎編『渋沢栄一 日本近代の扉を開いた財界リーダー』(PHP研究所、2016年)等。所属学会は、関東近世史研究会、地方史研究協議会、日本歴史学協会、明治維新史学会。
(敬称略)